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苦労話

3月から18卒向けの就活が始まりましたね。

ということで僕が就活の時に疑問に思ったこと、いや、むしろこれからもずっと考え続けるであろうテーマについて書きます。

 

「苦労したことは何ですか?また、それをどのように乗り越えましたか?」

この質問、面接を重ねれば必ずどこかで聞かれるはずです。

僕はこの質問が不思議に感じられるというか、嫌いです。

と言うのも、苦労してなきゃいけないの?しかも、乗り越えてないとダメなの?って思うからです。

 

もちろん、壁にぶち当たって苦労してきた人は顔つきも能力も他の人財とは一線を画すでしょう。

企業を発展させるために採用するわけですから、採用担当もそういう人が欲しいと思うのは当然です。ここまでは分かります。

しかし、苦労話について、"特にナシ"か普通のこと(サークルの副会長で〜的な話)を話すと、ハイもういいですよ〜的な雰囲気!もしくは、"いやもっと何かしらあるでしょ"みたいな感じ!

困ります。

 

置かれた境遇はそれぞれ違うので、苦労したかそうでないかも、はっきり言って「運」によるところが大きいと思います。苦労してなくて何が悪い。

 

「人生の夏休み」と言われる大学生時代はとても貴重な時間ですが、その時間というのは

ガリガリ勉強をし"なければならない"期間でもなければ、

就活で有利になるネタ作りの時間でもなければ、

ましてや苦労を強いるための時間でもなくて、

僕は、好きなことにのめり込むための時間だと思っています。

 

今就活をしている人たちやこれから就活をする人たちは、「面接で話せるネタか?」なんていう軸は粉々に砕いて欲しいです。

それよりも、◯◯についてなら何時間でも話せます、というくらい何かに没頭して欲しいと思っています。そっちの方が絶対に魅力的です。

 

いいものはいいと言え 会いたい人には会いたいと言え 忙しいんだわ

移動時間の過ごし方

慌ただしい日々を過ごしたら、短歌が読みたくなって、歌集を手にしています。

なぜかというと、時間の流れを意識的に遅くすることができるから。

もちろん体感的なものですが。

個人的にそのサインは、移動時間の過ごし方に表れると思っています。

余裕がある時はお気に入りの本をじっくり読みますが、

余裕がない時はスマホをだらだらといじっている時間が長かったり、本を読んでいても飛ばし気味に読んでしまいます。

移動時間、特に電車の中なんて急いでもしょうがないのに。

思考スピードが身の丈に合っていないと、集中力が落ちます。

だから、自分なりの対処法としては短歌を読んで妄想に浸ること。

 

顔色を窺うスキルを身につけて何が「他人を思いやる」だ、ぼけ

未知なもの

少し前の話になりますが、

初台にあるNTTインターコミュニケーションセンターで開催されている

『アート+コム/ライゾマティクス リサーチ 光と動きの「ポエティクス/ストラクチャー」』という展示を見て来ました。

 

なんだかよく分からないが動く直方体に色光を反射させていたり、吊るされた円盤に光を当てて反射によって変わる景色があったりと、とにかく異空間でした。

でもすごく面白いと感じて。それは未知のものと出会っている感覚があったからです。

 

内容に関しては「面白いのでぜひ行ってみて」という程度に済ませますが

自分の中でも発見がありました。

それは自分の鑑賞態度に関することで、未知のものと出会ってしまった時は既知のものに近づけた認識をしようとするんだな、ということです。

性格にもよるのか分かりませんが、「◯◯派に属するのかな」とか「◯◯みたい」とか、とにかく言葉を与えようとするんですね。

ダンスをする人間に合わせてドローンも動いている(逆かも知れませんが)映像がありましたが、僕は何を言えばいいのか分からなかったです。

人間が踊っているのでダンスになると思いますが、じゃあこのドローンたちも踊っていると言っていいのか、そしてこれも含めてダンスと呼んでいいのか。

自分の頭の中が混乱してきます。

 

結局最後までもやっとした感じがありましたが

振り返ってみると、ちょっと真面目すぎる態度だったかなと思います。

つまり、無理して分類を試みるべきではなかったかなと。

 

未知のものに出会った時は、まず素直に受け止める。

これだけで良いんじゃないかと、今は思います。

本の価値

とても心に残る話を聞いたので、書きます。

 

具体的な情報は出せないのでもう話の内容に入りますけど、

テーマは「本の価値」です。

 

近年は電子書籍が普及しつつあったり誰でも小説を投稿できるサイトがあったりで、「読書」のスタイルも多様化していますね。

 

そういった中での質問がまず、「本は高価か?」というものでした。

僕は本が好きですが、高い・安いは意識したことがあまりありませんでした。

 

続けて問いかけがありました。

「どんなに小さくても良いから、今までの人生に何か変化をもたらすような本と出会ったことはあるか?」

おっ、っと思いました。僕の頭には一冊の本が真っ先に浮かびました。2000円くらいの本です。

 

さらに質問。

「じゃあその本をあなたの記憶、あなたの人生から奪い去るとする。その本を読んだおかげで起こった変化も全てなかったことになる。その代わり本の代金は全額返金するから。」

えぇー、困ったなあ。

「もしそんなことが起こるとしたら、返金だけで納得するか?」

するわけない。

「じゃあ、ここで改めてその本に値段をつけるとすると、あなたならいくら払うか?」

自分の人生を変えた本ですか。2000円じゃないな、じゃあ1万?10万?いやいや、そんなもんじゃない。じゃあいくらだろう。

 

「その本やその経験はあなたの人生そのもの。値段なんてつけられません。」

うわ〜、やられた。まさに然り。

確かに、たとえ1000円とか2000円とかで買った本であっても、読んだ後の本の価値なんて計り知れない。

 

「人生そのもの」とまできたか思ったけど、間違いないです。

すごく良い話でした。

 

本に限ることなく未知なる経験や質の高い時間に対しては、お金を惜しむことなく財布から離陸させていきたいと思います。

する〜

『数学する身体』という本を読みました。

内容も気になっていたのですが、何よりもこのタイトルに惹かれて買いました。

 

「数学する」ってどういうことなんだろう、と考えてました。

ていうか、「◯◯学する」ってどういうことでしょう。

似たような言葉でも「哲学する」、「科学する」、「音楽する」なんてのもありますね。

「神学する」もあるようです。

並べて見ると、思想と関わりが深い雰囲気があります。

 

一文字+「学」だけかと思ったら

倫理学する」、「経済学する」もアリっちゃアリらしい。

これ何でもアリかなと思っていたところで、そうだ。

「学問する」って言葉があった。

なんだ、そりゃそうだ、そしたらもう、そういうことじゃないか。

 

何か疑問を持って切り込めば「学問する」ということ。

対象は何でもよくて、「どんな視点で切り込むか」の違いだけのようですね。

あー、解決解決。

 

最近現れた吹き出ものが見事にペンタゴンをなしています。

荒井の顔にはアメリカの国防総省が味方についています。顔には。

「タピオカ」の「そもそも」

「なぜかイラッと・イライラしてしまう話し方」をする人たちが周りにいるので、どうしてそう感じてしまうのかを、言葉に注意しながら聞いてみました。

悪い人ではないことは分かっているんだけどね。

 

「イラっとする」というのは瞬間的なもので、そのような話し方をする人というのは

本来アクセントをつけるべきではない言葉にアクセントがついてしまっている、ように感じます。

副詞、接続詞、助詞あたりですね。

名詞とか動詞とか、文の中心となるような言葉は自然とアクセントがつくし、聞き手もそこに注意を払うはずです。

なので、それ以外の言葉が必要以上に強調されてしまうと、「イラっと」してしまうのかも知れません。

ちなみに、荒井的副詞界の大スターは「そもそも」です。それも「タピオカ」と同じ音程の。

 

ついでに熟語が多かったり体言止めで言葉が終わったりすると、トゲのある印象になってしまうなとも感じます。熟語は音読みが多いと、なお。

例えば「経緯」。「いきさつ」と「けいい」だと後者の方がなんとなく尖った音になります。

 

「イライラ」はじわじわ来るイメージですが、これは一つだけ。

じりじりと迫って来るその原因は「要は」だと思っています。

何回言うんじゃぼけ、はやく要約してくれって。ってなることが多いです。

その「要は」は「具体的には」であることがほとんど。

 

ちょっと愚痴っぽくなってしまいましたね。めんご。

少し注目するだけで勉強になります。

不安定さとか

目の前の「社長」とかいうおっさんの顔引っ叩いたらどっちかな、死ぬの
 
不安定さとか、矛盾とか、そういうものがなぜか好きです。
 
ゆく川の流れは絶えず、しかももとの水にあらねば黙って見てろ
 
 
あと最近、「会田誠展:天才でごめんなさい」のカタログを買いました。
 
新鮮な美少女だから味付けはなくても十分ご飯がすすむ
 
会田誠さんは変態でした。でも結構気に入っています。