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「タピオカ」の「そもそも」

「なぜかイラッと・イライラしてしまう話し方」をする人たちが周りにいるので、どうしてそう感じてしまうのかを、言葉に注意しながら聞いてみました。

悪い人ではないことは分かっているんだけどね。

 

「イラっとする」というのは瞬間的なもので、そのような話し方をする人というのは

本来アクセントをつけるべきではない言葉にアクセントがついてしまっている、ように感じます。

副詞、接続詞、助詞あたりですね。

名詞とか動詞とか、文の中心となるような言葉は自然とアクセントがつくし、聞き手もそこに注意を払うはずです。

なので、それ以外の言葉が必要以上に強調されてしまうと、「イラっと」してしまうのかも知れません。

ちなみに、荒井的副詞界の大スターは「そもそも」です。それも「タピオカ」と同じ音程の。

 

ついでに熟語が多かったり体言止めで言葉が終わったりすると、トゲのある印象になってしまうなとも感じます。熟語は音読みが多いと、なお。

例えば「経緯」。「いきさつ」と「けいい」だと後者の方がなんとなく尖った音になります。

 

「イライラ」はじわじわ来るイメージですが、これは一つだけ。

じりじりと迫って来るその原因は「要は」だと思っています。

何回言うんじゃぼけ、はやく要約してくれって。ってなることが多いです。

その「要は」は「具体的には」であることがほとんど。

 

ちょっと愚痴っぽくなってしまいましたね。めんご。

少し注目するだけで勉強になります。

不安定さとか

目の前の「社長」とかいうおっさんの顔引っ叩いたらどっちかな、死ぬの
 
不安定さとか、矛盾とか、そういうものがなぜか好きです。
 
ゆく川の流れは絶えず、しかももとの水にあらねば黙って見てろ
 
 
あと最近、「会田誠展:天才でごめんなさい」のカタログを買いました。
 
新鮮な美少女だから味付けはなくても十分ご飯がすすむ
 
会田誠さんは変態でした。でも結構気に入っています。

星野源さんの「恋」、良い曲ですね。

 

良い曲なので鼻歌を歌うことが多いのですが、なぜかサビの後半が

「皮脂のテカリ 頬のたるみ 夫婦を超えていけ」

という歌詞になってしまいます。

 

そんなこんなで、この曲をイメージしながら作った短歌です。

 

当分は好きよ 時折取り憑かれたように優しくしてくれるから
 
 
感性が歪んでいるなどとは思わんでください。

ムダ弾

「会話が上手く続かない」とか「聞き上手ではない」とかいう悩みがあって、

それを改善したいと思っている人には、糸井重里さんの対談記事や本を読むと良いと思います。

内容自体も面白いのですが、糸井さんの聞く姿勢というのがとても参考になります。

 

いわゆる「雑談力」と「質問力」の中庸をいくような発言、といったら良いのでしょうか。

 

例えば『海馬:脳は疲れない』という本の中で糸井さんはこんな発言をしていて、

それがすごく気に入っています。

 

相手についていこうと思っているかぎり、絶えず会話のムダ弾を撃って、相手のことをわかるための糸口を探せるんです。 

 

 この「会話のムダ弾」って表現がすごく好きなんですよね。

 

本書の中でも、専門的な話に対して糸井さん自身の経験を基にコメントし、そうすることによって内容がより深まっていく、という場面が何度もあったように記憶しています。

 

そもそも相手に興味がなかったらもうどうしようもないのですが、

そうでないのであれば、ムダ弾をバンバン撃つことで人との会話が格段に面白くなっていくと思います。

 

カフェとか電車の中での電話は

当たり前のようにマナー違反行為だと言われていることが

実はいまいちしっくり来ていなかったんですが

最近腑に落ちました。

 

二人以上いるときの会話と、

電話や独り言の違いを考えていて、

まぁ考えるまでもなく違うだろというものなんですが、

一方が発する言葉に対して相手の応答が分からないというのは

意外にもけっこうストレスなんだなと、最近気づきました。

 

どういう応答があって話が進んでいるのか、

それが分からないまま聞いている。

電話をしているのはその人だけで、

周りの人は置いてけぼりを食らってしまったような

なんとも言えない不安感や苛立ちがあるんだと思います。

いつも以上にSNSに使う時間が多い時は、

気にしている事があったり

何かに期待していたりする時。

 

でも実は、何をすればいいか、ということは

すでに知っていたりもする。

 

と思います。

「だから何だよ!」

山田航という歌人が出した短歌アンソロジー『桜前線開架宣言』の中に、こんな一節があります。

「だから何?」と「だから何だよ!」の違いはとても大きい。

他者を力ませてしまうパワーは、ファンキーな感覚なしでは生みだせない。

 

「ただごと歌」というジャンルの歌人に対する解説文の一節ですが、これとても好きなんですよね。

「なんとなく、わかるなぁ」としっくりくるので、好きなんです。

 

仮に同じようなことを伝えた場合でも、「だから何だよ!」のレベルにまで持っていくには結構なパワーを要します。

何でもないことだとしても、自分のパワーをどれだけ消費して伝えたのかによって、この反応が変わってくると思うんです。

 

僕にとって「だから何だよ!」はトップクラスの賛辞です。