最初からこの重さ

荒井です。

しょっぱなこんな話題で書くのもなんですが、今朝は人身事故がありましたね。

ダイヤは大きく乱れ、通勤通学だけで一苦労だったのではないでしょうか。

荒井もその影響を受けた一人でしたので、動かない電車の中であれこれ考えてました。

今回はそれを書きます。

 

まず押さえておきたいのは、人身事故は、みんながみんな自ら飛び込んだわけではなく、何かに躓いたり、ちょっとふらついたりしたせいで起きることもある、という点。

なので、今日の事故だってそう簡単に投身自殺であると決め付けることはできません。

 

しかしながら。

それが頻繁に起きているのも事実です。

今回だけは、他の場合を排除して書かせていただきます。つまり、自ら飛び込んだ人に絞って書きます。ご了承ください。

 

前置きが長くなりました。

荒井が気になったことは、その人の動機や欲求の種類です。

他にももっと楽なやり方があるにもかかわらず、その方法を選んだのには理由があるはずです。

 

真っ先に思い当たったのが「自己の重要感」という言葉。

 

D.カーネギーのベストセラー著書『人を動かす』には、こんな内容が書かれています。

 20世紀の偉大な心理学者ジグムンド・フロイトによると、人間のあらゆる行動は、ふたつの動機から発する-すなわち、性の衝動と偉くなりたいという願望とがこれである。

  アメリカの第一流の哲学者であり教育家でもあるジョン・デューイ教授も(中略)人間の持つもっとも根強い衝動は、”重要人物たらんとする欲求”だというのである。

(略)

最新流行のスタイルを身につけたり、自家用の新車を乗りまわしたり、我が子の自慢話をしたりするのも、みな、この欲求があるために他ならない。

カーネギーさんはこれを「自己の重要感」と呼んでいます。 

 

自分が飛び込むことで、電車をストップさせ、何千何万という人々に影響を与えることができる。

なんか、似てない??

そうです、その「自己の重要感」を得たいがために、わざわざそのような選択をしているのではないかと思ったわけです。

もしかしたら自爆テロもそういう心理かも知れない。

重すぎるのでナシ。

 

ともかく、人は「自己の重要感」を得ることができないと、

とんでもなく恐ろしい行為に及んでしまうこともあると。

朝の電車の中で、そんなことを考えていました。

 

しょっぱなから何と重く暗い話題なんだ。

許してください。

 

今日も「荒井の随筆」を読んでいただきありがとうございます。